利用者の声
本人の両親に対する失望、落胆ぶりに、
両親はまったく気づいていなかった。
大学4年次に中退した洋輔くん(仮名)は、その後4年間、完全なひきこもりではないものの、用事がなければ外には出ない生活を続けた。ひきこもりの原因は大学中退時の親の対応だったと、洋輔くんは言う。
【洋輔くん】
大学2年の時、つい「大学を中退したい」と言ったことがありました。
そのとき、両親は「辞めたいのなら辞めてもいい」と言ってくれました。その時点では辞めずにがんばって通学し続けたんですが、その後やっぱり我慢できずに「辞めたい」と打ち明けました。
でも、二度目に言ってはじめて、両親は「ちょっと待て」と言うんです。
「逃げてもまた次の壁が来るよ」「大学をやめて何をするの?」と問い返されました。
一度は「辞めてもいい」と言っていたことを覆されたことが、本当にショックで、両親から裏切られたように感じました。
大学で人間不信に陥ってしまうできごとがあって落ち込んでいただけに、「あぁ、何もかもが自分の思った方向と真逆へ進んでいくんだ」……そんなふうに投げやりな気持ちになりました。
【香織さん】
最初に洋輔が「大学を辞めたい」と言ったのは成人式の日のことでした。
ひどく気落ちしている様子だったので、「辞めたいなら仕方ない」と言いました。
親としては、心のどこかで「あわてて辞める必要はない」と思っていたんです。ですから、二度目に「辞めたい」と言い出したときは引き止めました。
「辞めるのはいつでも辞められるから、転部とか、ちがう学校に行くとか、次を考えてから辞めればいいんじゃないか」。
私たち夫婦は、問題は今担当していただいている教授の対応にあると思って代案を示す意味でそう言いました。
「大学を2年で中退できなかったこと」が、洋輔の心のなかで大きなわだかまりになっていたとはまったく気づきませんでした。ただし、本人からも、そのことについて非難されたことはありません。
つい言ってしまう「この先どうするの?」という言葉。
しかし、子どもは「この先はない」と思っていた。
その後、洋輔くんは、自分の興味のある科目や友人たちと同じ科目だけを選択し、卒業必須単位を取らなかった。そのために卒業できず大学を中退。以降、4年間、ひきこもりがちの生活を送ることになった。
【洋輔くん】
親に反対されたのでふてくされて、とりあえず2年は大学に行きました。「もう、どうでもいいや」という感覚で、友だちに会うためだけに大学に行っていたようなものです。
だから、大学4年の2月に退学しました。さすがに親は何も言わなかったですね。
【香織さん】
中退を反対してからの2年間、あまり学校に行っていなかったのは知っていました。
同級生のお友だちがみんな卒業する中で留年しても仕方ないと思ったし、大学に残すことが洋輔のためにはならないと思って、今度は反対しませんでした。
私たちは、少なくても夏ぐらいまでにはアルバイトでもはじめるんだろうと思っていたんです。でも、彼は何もしませんでしたね。
【洋輔くん】
「バイトくらいしたらどう?」「お前、いったいこの先どうするの?」……両親はそんなことをたまに言いました。しょっちゅうガミガミと言われたわけではありませんでしたね。向こうも、あまり言いすぎると僕がまたふさぎ込んでしまうのを心配しているようでした。
僕としてはもう何も言われないように、家のなかでひっそりと生活していました。
自分だって今の生活がいいとは思えない。だから、なんとかしなければいけないんだけど、自分では何もできなくて……。
なんとかしなければならないという思いと、なんにもできないという現実のギャップに、ひどく苦しみました。
あのときの僕は、とにかく「死にたい」と思っていました。親が心配するから自分からは死ねないけれど、自分としては生きていても仕方ない。
夜、寝るとき、「このまま朝目が覚めなければいいな」と毎日思っていました。
【香織さん】
大学にいたときには「大学生」という所属があったけれど、それがなくなってからは「洋輔はどうなってるの?」とじれったく思っていました。
ただ、そうは思っても、親としては「見守る」という形を取ってさえいれば、それはそれで楽なわけで、たまに「アルバイトはまだしないの?」「この先どうするつもりなの?」と言ってイヤな顔をされつつも、「自分は見守っているんだから」と言い聞かせ、何もせずにどんどんと時が過ぎていった……そんな感じでした。
【洋輔くん】
「この先どうするんだ?」と言われても、自分の中で人生が終わっているので「この先」なんてないわけです。
「人生が終わっているんだけど死んでいない」という感覚だったので、そんな質問には何も答えることができませんでした。
<中編に続く...>
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