2016年08月27日
若年自立支援にGATB、VRTを活用:進路決定率が他と比較して17%プラス —職業適性検査活用の効果—
平成26年10月から「一般職業適性検査(GATB:General Aptitude Test Battery) 」「職業レディネス検査(VRT: Vocational Readiness Test) 」を支援に導入した。検査実施対象者は、同時期に法人内で支援した他の利用者と比較して、進路決定率が17%高かった。その理由はどこにあるのか?
GATB、VRTとは
GATBでは、制限された時間(およそ50分)のなかで、11のセクションに分けられた様々な問題を解く。結果は9種類の能力ごとに、おおよその偏差値として示され、その人の能力を総合的に把握した上で、その組み合わせでどの職業に適しているのか、おおまかに予測できるようになっている。個人差を把握するため、各セクションの問題量は非常に多く、制限時間内に終わらないようになっている
VRTでは、具体的な職業上の場面を想定した質問に回答していく。結果は6つの主領域への興味と自信、さらに別の3種類の指向性として表示される。
結果は、GATBで得られた能力面と、VRTで得られた興味面を合わせて、スタッフとの1対1の面談のなかで伝えられる。結果のフィードバックは単なる結果報告ではなく、本人の経験と照らし合わせながら対象者の自己理解を深め、今後の方向性や支援の目的を明確にするために行われる。
進路決定率とは
地域若者サポートステーションの支援は、毎年、進路決定者数で評価される。進路決定者数とは支援利用者のうち就職、進学した者の数である。支援した人のうちどのくらいの割合が進路決定したかを示す進路決定率は、支援者にとって頭の痛い数字でもある。支援を必要とする困難なケースほど進路決定もまた困難である。進路決定が容易な対象者への支援も同時に行って結果を示しつつ、困難を抱えた人を支えていくしかない。これは長年の課題である。限られたリソースのなかで、どれだけ支援できるのか。この問題の打開策の一つとして、GATB、VRTが試験的に導入された。
試験的な導入の実際とアンケート結果
GATB及びVRTは、平成26年10月から平成27年12月までの間、法人が受託している地域若者サポートステーションにおいて合計285名を対象に実施した。検査は「職業適性セミナー」という形で希望者に実施された。対象者は同時期に法人内で支援を受けた5581名のおよそ5%にあたり、そのうち269名から調査協力を得た。
調査協力者へのアンケートは検査実施前、実施後、フィードバック後の3回行った。実施前と実施後のアンケートは、対象者の検査への期待や不安、受検時の負担感を把握するために行い、不安や負担を感じた場合にはスタッフが対応した。フィードバック後のアンケートは、対象者が結果を伝えられたときの気持ちや今後への活かし方を利用者自身に回答してもらい、支援の向上に役立てること、また効果の把握を目的としていた。調査報告書は以下に掲載されている。
実施前アンケートで「今回のセミナーを通して知りたいこと」を複数回答で聞いたところ、1位が「自分に向いている職業が何か」(240名)、2位が「自分の得意・不得意」(207名)、3位が「就職活動の方向性」(161名)であった。
フィードバック後のアンケートでは、95%が「知りたいことを知ることができた」と回答していた。また、86%が「自分の得意なところを活かしていきたい」と回答した。また、「結果について誰と話したいか」という質問への回答の1位は、「家族」であった。検査前のアンケートで家族に話そうとしていた人は8%のみであったが、結果を聞いてからは66%の人が結果を家族と分かち合いたいと考えており、検査とフィードバックによって、家族とのコミュニケーションが促進されるという予想外の結果となった。
もちろん、どんなフィードバックでもこのような結果になるわけではない。法人内で行われてきた、より具体的で支援に役立つフィードバックの工夫については今後の記事に記載する予定である。
進路決定率への効果
対象者の進路決定区分を、同時期に法人内で支援した他の利用者と比較した結果を以下に示した。
「進路決定 (半年以内)」 は支援の利用開始日から半年以内で就職や進学などの進路が決定した人、「進路決定 (半年以上)」 は支援に半年以上かかったが進路決定した人、「支援継続・終結・中断」は他機関へ紹介した例も含め進路決定しなかった人を指している。今回、進路決定した人の合計を全体で割ったものを進路決定率とした。
「セミナー利用あり」と示された今回のセミナー実施者の進路決定率は55.1%であった。「セミナー利用なし」の進路決定は37.8%で、今回の対象者のほうが17.3%高かった。結果を以下に示した。
ではどのような対象者により効果があったのだろうか?『若年無業者白書2012-2013』では若年無業者を以下の三類型に分類している。支援開始時点で、就労の意欲があり求職活動ができている「求職型」、就労の意欲はあるが求職活動は始められていない「非求職型」、就労の意欲も持てず求職活動も始められていない「非希望型」の三類型である。
今回の実施対象者285名のうち「求職型」は104名、「非求職型」は144名、「非希望型」は37名だった。この三類型ごとに比較したところ以下のような結果となった。
求職型の進路決定率は、セミナー利用「あり」51.9%、「なし」約52%でほぼ差がなかった。非求職型ではセミナー利用「あり」の進路決定率は58.3%、「なし」は43.0%であった。非希望型では、セミナー利用「あり」の進路決定率は51.3%、「なし」は22.4%であった。
「求職型」ではセミナー実施の効果はほぼなかった。しかし、今回のセミナー対象者のなかでもっとも多い「非求職型」の進路決定率は、「求職型」の進路決定率を上回っている。また、対象者のうち、「非希望型」の進路決定率が、「求職型」とほぼ変わらなかった。
同時期の法人全体の進路決定率は、「求職型」が52%、「非求職型」が44.1%、「非希望型」が23.0%である。今回のセミナー実施は、「非希望型」、「非求職型」の進路決定率を引き上げる結果になった。ただし、実施人数は少なく、なぜこのような結果になったのかを検討していく必要がある。
「非求職型」、「非希望型」の進路決定率が引き上げられた理由
なぜ今回実施した対象者のなかで「非求職型」、「非希望型」の進路決定率が上がったのだろうか。現場での実施状況から、幾つかの可能性が考えられた。
ひとつは、彼らにそれまでの社会経験が少なく、自分が何に向いているのかを考える素材がなかったことが挙げられるだろう。今回、検査という客観的な指標を用いることで改めて自分の傾向を認識し、フィードバックを通じて今までの経験と結びつけて考えることができたのかもしれない。
また、今回の検査とフィードバックは、対象者が、どのように就職活動の準備をし、どういう方向性で就職活動を行うか、を話し合う機会になっている。そのため、支援から脱落する人が減り、結果的に進路決定率が上がった可能性もある。加えて、今後の方向性が対象者に目に見える形で示されたことにより、就職活動あるいは進路決定への意欲が高まった可能性も考えられる。
最後に、支援者間の情報共有を促進する側面が挙げられる。グラフなどの目に見える形で対象者の特性や傾向が表されたことにより、専門性の異なる支援者間で対象者がどのような人かを話し合う素材が生まれ、支援の方向性について共有が進んだ。このため、一貫性のある支援ができた可能性もある。
以上の可能性が考えられたが、今後はどのような利用者に、どのように実践したら効果が上がるかを改めて検討する必要があるだろう。
今後の課題
GATB、VRTの実施は、より丁寧に支援する必要のある「非求職型」や「非希望型」の支援対象者の進路決定率向上に役立つ可能性が示唆された。しかし、今回の対象者は法人全体で支援した人の5%に過ぎず、今後対象者を拡大するにつれ課題に直面する可能性もある。
GATB、VRTは、ただ検査のみを行えばいいというわけではない。検査と、1対1のフィードバックは不可分であり、かつ質の高いフィードバックがあるからこそ、進路決定率向上という効果が得られるのである。しかし、フィードバックの質の確保は難しく、支援現場でGATB、VRTを広く活用する環境を整えるためには支援者のスキルアップが必要だ。検査内容への理解、結果を応用するための職業理解の深化、対象者の経験に寄り添い、理解しやすいように伝える力など、様々なスキルが求められる。支援者のスキルアップを図りながら、いかに検査を支援に活かすかが今後の課題である。