正社員に向かって引かれた一直線
育て上げネットでは、そのひとに合った「働く」を一緒に考え、その実現のために行動する「就労支援」を行っています。
日々、若い世代とかかわるなかで、すぐに「正社員」を目指すことは難しいと考えているひとたちに出会います。
何度チャレンジしても正社員になれなかった。長く同じ会社にいたけれど正社員への声がかからない。そのような就職活動の挫折や、長年の勤務が評価されないという声も多くあります。
その一方で、心身の療養が必要であったり、生活のリズムが不規則な状態にあったりと、一般的な「安定して働き続ける」ことがいまはできないという若者がいます。
行政の就職支援(稀に就労支援と表記)は、「正社員になろう」といった、正社員を目標に、資格の勉強やスキル・知識の習得、履歴書添削や面接練習などのメニューが並びます。正社員に向かって一直線に引かれたラインは、すぐにフルタイムで働くことが難しいと判断した若者にとっては、いま必要なプログラムとはなりません。
将来、何かにつながるかもしれないスキル
コロナ禍以前から、育て上げネットでは、直接的な雇用に結びつくわけではないけれど、将来、何かにつながるかもしれないスキル習得の機会を作っています。クリエイティブ制作や動画編集などIT技術を使うものから、ハンドメイド作品を作ってみるようなものまで、オンライン/対面含めて、幅広く場を設けています。
SNSで使う画像やサムネイル、YouTubeやTikTokに投稿する動画など、それだけができたからといって、すぐに雇用にはつながりません。少しばかり生活の楽しみが増すということはあるかもしれませんが、その技術だけで就職活動をしても、経験面を含めて、すぐ採用とはなりづらいと思います。
しかし、知人や友人からの依頼で謝礼をもらったり、クラウドソーシングサイトから、やれそうな仕事をこなしてみたりと、雇われる以外の「働く」を、そのひとのペースでやってみられることにはつながっています。
育て上げネットでは、「働き方拡張型支援」という言葉を使いますが、「働く」こと「働き続ける」ことの選択肢が、若者の手元に残り、そのときどきの状況や環境によって選択肢を組み合わせていけるようになることを意識して、プログラム提供をしています。
正社員化を目指しましょうという雰囲気がなかったから参加した女性
2年前から、育て上げネットは立川市と協働し、就職氷河期世代のための就労支援事業「シャフト・プログラム」を運営しています。
事業設計の段階においてコロナ禍の影響が強かったこともあり、完全オンライン型の事業としてスタートしました。立川市以外からの参加も多く、開始から1年半で、約140名が相談に来られ、約80名が継続的に利用、うち半数が就労等を実現しました。
利用者のある女性は、さまざまな取り組みを探す中で、就職や「正社員化」を大々的に打ち出すことのないことが利用のきっかけになったと教えてくれました。もちろん、正社員になることをいますぐに目指したいひとにとっては、プログラム構成や講座内容が合わないということもあるかもしれませんが、逆に多くの事業が正社員を目指すものであるがゆえに、「シャフト・プログラム」を選んでくださるひともいます。
40代から始めるシリーズが活況
これまでとは異なるスキル(特にデジタル系スキル)の習得行動を、最近では「リスキリング」と呼びます。今年の1月1日の日本経済新聞でも大きく取り上げられされ、いまではかなり知られた言葉になっているのではないでしょうか。
先日、団体内のチャットで「まさかこんなに早く定員が埋まってしまうとは」という話がありました。担当職員に話を聞くと、40代向けのリスキリング系の講座が、あっという間に埋まってしまい、希望者に対して定員いっぱいだと伝えなければならなくなっているといいます。
あっという間に定員いっぱいとなるこのシリーズ、その大半を女性が占めていると言います。その理由についてはわかっておりませんが、特に女性に限定しているわけでもないため、外部に伝わる情報はジェンダーを問わないはずです。
この状況に対して、職員のひとりがブログで仮説を書いています。
‣「ひきこもり大規模調査」の記事を氷河期世代支援を担当するスタッフが読んで
効いたのは立川市の広報誌ではないかとスタッフは考えています。確かにそれを読んで、講座について知った方はいらっしゃると思いますが、これまでもたくさんの広報誌での掲載をしていただいた経験から、ここまで定員が速攻で埋まるというような経験が、僕にはありません。
ただ、ひとつ言えることは、40代の女性が、リスキリング系の講座に関心を寄せ、すぐに就職につながらないかもしれないけれど、将来、何かにつながるかもしれないスキル習得に対して、参加申し込みのボタンをクリックしてくれている事実があるということです。
たくさんの「就職支援(名称として就労支援ということもあります)」があるなかで、20年近く就労支援に取り組んできた経験から、企業との接点と信頼関係の重要性は言うまでもありませんが、就職や正社員だけが、ここから「働く」と「働き続ける」に向かうニーズではないことが、ここ数年で大きな変化として顕在化してきています。
さまざまな「働く」選択肢が生まれ、個々人の「働く」価値観が変容していくなかで、就職支援を包摂する就労支援の役割がますます大きくなっていることを実感しています。
育て上げネット理事長
工藤啓