正社員ゴールへの疑問
いまから40年ほど前、まだ「NPO法人」が存在しなかった頃から、民間による「就労支援」が存在ました。
就労支援とは、そのひとに合った「働く」を一緒に考え、伴走する行為(活動)」という思想から、そこには就職してもよし、それ以外の働き方でもよし、という共通認識がありました。
当時の支援者の言葉を借りれば「働いて、食っていく」ため、目の前の若者にさまざまな経験や選択肢を獲得する機会を提供し、その選択肢からひとつ、または複数の組み合わせで「働く」を実現していく。その価値観に寄り添ったものでした。
2000年代初頭、日本でも「若者支援」が始まりました。当時は非正規雇用で働く若者は、自ら主体的にその雇用形態を選択したのではない。このままでは不安定な生活になる可能性があるため、政府が「若年者自立・挑戦プラン」を打ち出し、フリーター対策として打ち手が始まりました。
その傍らで、アルバイトをすることも難しい若者が存在することも「ニート」という言葉とともに認知され、「就職支援」よりも「就労支援」から始める話が持ち上がりました。しかし、ここで使われる「就労支援」は、若者支援の歴史を積み上げてきた先人が大切にしてきた「そのひとに合った」ではなく、結果としては正社員を頂点とした就職支援の前提がありました。
そうはいっても、政策立ち上げ時はまだまだふわっとした形で進められるものでした。しかし、ときが経つにつれて雇用保険を活用する理由、費用対効果の観点から就職者数や被保険者資格を持って働けるようになった数が基本となり、気が付くと誰もが「正社員ゴール」を目標とし、そこからバックキャストした「雇われやすくなる」支援メニューの色合いが濃くなってきました。
私は、就職することや雇われて働くことがよくないという意識はありません。ただ、それは「そのひとに合った」「そのひとが希望する」形であることが必要であり、こちらから「正しい働き方」を提示するのは違うのではないか、範囲が狭いのではないかという考えを持っています。
2019年頃より、私たち育て上げネットの活動も、どことなく「正社員ゴール」の雰囲気になっていました。確かに多くの若者が就職をして、喜びの声をくれました。しかしその傍らで、そのひとに合った「働く」を一緒に考え、伴走しているのか、という疑問がわきました。
確かに安定の観点からは就職も大きな選択肢になりますが、いま目の前にいる若者はそれを望んでいないかもしれない。もしかしたら、そもそも就職以外の働く選択肢を持っていないかもしれない。そうであれば、ひとつのチャレンジとして、若者に多様な働き方の選択肢を提示する必要があるのではないか。
そうして、「働き方拡張型支援」のチャレンジを小さく始めました。
全国の若者支援団体と協働・実践
ただ、課題もありました。社内アンケートによって、さまざまな働き方を提供したいという職員と、それを望む若者がいることがわかりました。しかし、ほとんどの職員が就職以外での「働く」や「収入につながる活動」をしたことがなかったのです。
そのため、いま社会にはどのような「働く」につながるサービスがあるのか。私たちがどのように活用し得るのかを整理把握し、職員同士でもチャレンジしてみる研修なども行いました。
とても印象的だったのは、素敵なアクセサリーをハンドメイドできる女性の話です。少し他者とコミュニケーションを取るのが苦手で、それでも「働く」に向けてジョブトレに参加されました。
職員と女性が話し合い、素敵なアクセサリーをフリマアプリプラットフォームに出品してみることになりました。女性は、そのようなチャレンジ/選択肢はなかったかもしれません。ただ、一緒に伴走する職員とともに、写真を撮り、サイトを構成して、出品しました。
私も周囲に彼女のチャレンジをお伝えしました。そうはいっても、どれくらい売れるのか見当もつきません。売れるかどうかよりも、やってみることが大事で、選択肢になるよね、と話はしていました。それでもやはり売れたらどうなるのかは興味がありましたし、売れてほしいと願ってました。
すると購入者(一部は知人が買ってくれました)があらわれ、出品してすぐに商品が売り切れました。これは本当に驚きました。アクセサリーを販売する選択肢を持った彼女は、その後、就職活動をして非常勤で働きながら、アクセサリー販売を行う二つの仕事をスタートさせました。私が話をしたときは、それが彼女にとっての無理のない働く形だったと聞きました。
2019年および2020年、育て上げネットは、JPモルガン・チェース、J.P.モルガン社と協働し、その活動のなかで「働き方拡張型支援」を、全国延べ20の若者支援団体と連携して実施いたしました。
2021年3月24日、育て上げネットでは「529名の就労実現で分かった、若者がさらに活躍できる社会を実現するための提言『働き方拡張型支援を導入するためのお願い』を発表します」をリリースしました。
私たちは、育て上げネットとして、そのひとに合った「働く」を一緒に考え、伴走していきます。今回、多くの団体連携のなかでポジティブな話や事例をたくさんいただきました。現場が、若者が取り組みをよいものとしてみてくださったため、「働き方拡張型支援」がやりやすくなっていく。若者がその選択肢のなかから「やる」「やらない」を選べる状況を作っていくことを目指して、本プレスリリースを行いました。
近々、ウェビナー形式でどのような活動をして、どんな若者との出会いがあったのか、参加した若者はどのように変化したのかについて発表を予定しています。
育て上げネット
工藤 啓